うちの大炉の試み
「朱鷺の間」

 茶室の隣りの6畳間に掘り炬燵が切ってあります。
 その炬燵の位置を逆勝手にみたてると点前座の側の疊だけが3尺1寸五分の幅になっているのに住み始めて3年目の2004年になって気づきました
 で、6畳間での逆勝手ということなら大炉が面白い!
掘り炬燵という土台があるのですから、大炉の炉壇を受ける枠さえ作ればよいわけで、自分で作れそう!てなことを思いつきました
 この掘り炬燵は、炭、練炭に対応の時代物でセメントで全体を固めてあります。
 そこに本格的な大炉炉壇を据えるのは論外、スチールの炉壇を入れて、鈎疊は畳屋さんにお任せとは思っておりました。
熱対策は、しっかりしたコンクリの掘り炬燵の2面の側に炭が入り、他の2面は雪輪瓦で熱も程々になっていますからさほどの心配は無さそう、と・・・・一つ楽しみができました
 早速、大炉の炉壇と炉縁だけは手配しておりましたが・・・・なかなかに改造の機運が熟さぬままに時間が経ちました
 

長押に掛けている加賀友禅の朱鷺の絵にちなんで大炉の間は「朱鷺の間」です
雪の降りしきる兼六園に朱鷺が舞うと大炉の頃にふさわしい図柄です

火が入ると客からはこんな風に見えるはず

大炉の後炭は焙烙を使う、こんなのも良いかと大津絵の焙烙を試しに使ってみるが、湿し灰で泥絵の具に影響があるような感じなので飾るだけのものにしようかと・・

 2015年正月中、畳替えを機に鉤畳を新調、出入り口のスペースを利用して置床を作ってみました。
 これで大炉の朱鷺の間は一応完成ということになります



かくて、若干の変遷を経て3年越しの作業にて大炉の設えが完成いたしました
ここに至るまでのまでが2013年秋からの作業は以下の通り
 構想を温めることかれこれ10年の2013年12月、掘り炬燵の炉壇を使って大炉を設えるための工作を始めました!


作業1 まずは、鉄板の炉壇を受ける枠を作り込みます


作業2

  炬燵を塞ぐときに使う蓋板に、大炉の炉壇をはめ込めるように切り欠きを入れて大炉のまわりを覆います


作業3 炉縁のまわりの切り欠きの畳の代りに板を工作してL字型の枠を作りました
 板は秋田杉の無垢です


作業4 使用しないときの蓋を作りました。
蓋と炉縁まわりのL字型の部分の構造はこんな具合です


作業5 炉縁の高さ調整
 もともと、炬燵の櫓を受けられるように作っているだけの部屋ですから炉縁のサイズほどに土台に沈み込みがありませんので、既成の大炉炉縁を5mmほど削り込みました。
 作業は、電気かんなでキュィーン、高さを見ながらというだけの工作でした
 有り難いことに木地が約束の大炉炉縁ですので削るだけの作業で済みました
 
炉縁を外して蓋をすればこんな具合です。

蓋には太い針金で竹の取っ手を付けてありますので取り置きは手間取りません。
 L字型の枠は12mmのベニヤに40mmの角材を履かせて秋田杉の無垢の8mmの板を貼って炉縁の高さ60mmに合わせています
 蓋も実質は同様ですが、炉壇の高さ分があるので、角材の高さを37mmまで削って作っています。更に、取り置きがしやすいように持ち手を取り付けています。

五徳と釜の具合を見てみました。バッチリです!
炉壇の底には5cm厚の珪藻土板(新聞紙の中身)を敷き込みます
以上の作業にて2013年は暮れました


2014 JAN 05

 2014年の正月休みも明ける日、大炉に灰を入れました。
 底上げに珪藻土板を入れてあるので、一斗の灰でお釣りが来ました、大炉のサイズからすれば普通の炉の倍量が必要ということになるわけで、なんとか一斗くらいで終れば御の字と思っておりましたから大分得した気分
 ここで当たり前に切り欠きの畳を誂えるのはたやすいことですが、秋田杉の残材が合ったことからの思いつきで板の間の囲炉裏という風情、雰囲気はありますでしょうか。

 ちなみに、大炉を切ると、いろいろ悪いことが起きるといった話もあるんだそうですが、大炉を切るために家の基礎に手を入れるというような段取りがうまくいかないと、家が傾いたりということがあるようですが、今回の作業ではそのようなことをしておりませんのでその点は心配ないのです。
 それとともに、大炉をなどとを思うような年頃というのは相当の歳になっているのでいろいろと、起きることがあるというのもまた通説のようですが、それはそれ、歳をとればそれなりのことはあります、なにせ構想した頃はまだそれほど「良い歳」という自覚はございませんでしたが、今や一昔前での思いつきに始まった遊びなのですから、はい

 そんなことを書いておりましたら、なんと2014年2月二度目の大雪の降った日に、連れ合いが雪に滑って左肘を粉砕骨折、人工関節を入れるという大けが、そのときには思いも寄らなかったのですが、怪我もそこそこ快復してリハビリに励んでいる半年ほど経ったとき、なんと「私はこんなことがあるんじゃないかと思ってた」などと言い出すではありませんか!、それはないだろう!というのが私の率直な気持ちながら、内心なるほどね、やっぱり、歳のせいだとも妙に納得しないわけではありません。

 

完成形は初めに戻ってご覧下さい

 茶室   おしまいに